「ヨーガ・瞑想 from 香川」

ヨーガ・瞑想・占星術などを香川県丸亀市から発信❗️

2019-02-01から1ヶ月間の記事一覧

調整役こそ、人間の仕事。

準備に7割、改良は3割。

仲間を作って、お互いに活かし合う。 そうやって補い合っていかなければ、生きていけない。

時間的差異と空間的差異を利用して儲けるのが商売。

失敗は成功の母というが、成功こそ失敗の母だ。 本当は反対なんだ。

栄え過ぎると、返って衰える。 強くなり過ぎると、返って弱くなる。 行き過ぎなかった者が、返って生き残る。

金と物が栄えると、人と心が廃れる。 物的資源が豊かになると、心的資源が乏しくなる。

個人と組織が社会的に闘争すれば、ほぼ間違いなく組織が勝つ。

ユダヤ人と中国人は、 人間関係と無形価値で勝負するしか無かった。 だからこそ彼らは商業文化であり、 彼らは組織活動が得意なのだ。 何も持たない彼らにしてみれば、 もうビジネスをするしか無かった。 その境遇が彼らを優秀にした。

政治・経済は、必ず暴力と結び付く。 あらゆる戦争は、政治・経済の失敗によるものである。 役人と商人が癒着して、他民族との利権の奪い合いに勝つための最終手段が戦争。

表面的な商売は、決して永続しない。 必ずブームで終わる。

交易の歴史

古来、交易には、 身分を目的とした交易、利潤を目的とした交易の二つがあった。 つまり、地位と財産が目的だった。 権力の源泉はこの二つだからだ。

諸子百家

儒家(徳治、礼義/縦社会) ⇄ 墨家(仁愛/横社会)・法家(法治) 縦横家(対策によって国を守る) ⇄ 兵家(対戦によって国を守る)

人を頼り、そして人から頼られる。 これが本当の自立。 孤立と履き違えてはならない。

人生は『かけ算』である。 掛け合わせる種を持ち合わせていないと、ゼロにしかならない。

人は仕事を通して、趣味を通して世間と繋がることができる。

自分の『持ち味』を使う以外に、生きる道などそもそも無い。

中国人とユダヤ人の歴史は長い。 何度も財産を奪われ、土地を追われて来た彼らには、 もう『人間関係』と『無形価値』しか残されていなかった。 その歴史が、彼らを『商業』と『学業』に特化した民族へと変貌させた。 彼らが人間と世間に対する深い洞察と知…

華僑とユダヤ人。 ハングリー精神とサバイバル感覚を持った彼らは、 自分たちの国家さえ作った。 シンガポール共和国とイスラエル共和国だ。 彼らが持つ特有の選民意識と仲間意識の強さが、 彼らをして、そうさせたのだった。

農業、工業は技能労働。 商業、学業は知能労働。 前者は感覚的な職業、後者は理知的な職業だ。

考えさせるより、覚えさせよ。 理知のセンターよりも、感情のセンターに、 知性よりも、感性に働きかけよ。

感じれば則ち豊かなり。 考えれば則ち豊かなり。 しかし、それらは内側の豊かさである。 決して外側の豊かさではない。

古来から、 弱小(力が無い)、低卑(位が無い)、貧乏(金が無い)は、 精神世界では『有徳』とされて来た。

豊か過ぎても、貧し過ぎても、幸せは遠ざかっていく。 何事に関しても、『中庸』が最も幸せに近い。

規律は秩序を招き、自由は混沌を招く。 規律を追い過ぎてもいけないし、自由を追い過ぎてもいけない。

芸術、学術は人々を内向きにさせる。 政治、経済は人々を外向きにさせる。 美、知こそが内側の価値である。 力、金こそが外側の価値である。

人生は行動を第一とせよ。 感じても、考えても、現実は何も変わらない。 私情に囚われず、公理に縛られず、 ただひたすらに行動していく。 感じたら敗け、考えたら敗け。 内側の世界へ向かえば敗け。 これが社会だ。これが政治・経済だ。

これから事を行うという時に、 いちいち考えたって意味ない。いちいち感じたって意味ない。 だって、どうせ行うという方針は変わらないのだから。 人生において、 『考えやすさ』と『感じやすさ』は足を引っ張る。

安心安全こそ、人を油断させる。

裏の時、影の時にこそ、本性が現れる。 当人が居なくなった時に、その当人のことをどう言うかで そのグループの集団的性質が明らかになる。 情報は、必ず第三者から仕入れること。 完全に中立な立場にある者の発言を重んじること。 当事者たちは、決して真相…