「ヨーガ・瞑想 from 香川」

ヨーガ・瞑想・占星術などを香川県丸亀市から発信❗️

2018-07-24から1日間の記事一覧

夏と冬は体力勝負。

直観はまさに心の松明だ。

呼吸と共にあれば、 「現在」から離れることができない。 だからヨーガでは呼吸が重視されてきた。

快楽とは、感覚を介して起こる幸せである。 しかしそれは反射であって、直覚ではない。

栄養のないものをいくら食べても無駄。 逆に、栄養がないものは少量でも大丈夫。 しかも種類多く、量は少なくが理想。 ヴァリエーションの多さで、量の少なさをカバー。

春と秋は祝日が多いし、楽しみも多い。 外出するのにはもってこいだ。

夏は秋の計画・予約を。 冬は春の計画・予約を。 そのためにお金と体力は温存しておく。 これが賢い判断。

たった一つの頭で、 たった一つの主義で、 たった一つの見方で、 世界をコントロールしようなどと、馬鹿げている。

子供・成人・老人、男性・女性。 誰一人として欠けてはいけない。 誰か一人でも欠けたら、世界は貧相になってしまう。

設計して作ると、その設計図以上のものはできない。 決めて作ると、限界を超えられない。

これからの時代は、 組織というよりも仲間という感覚じゃないかな?

仕事には多くの種類があるが、 人間としての基本的な仕事は 「食べる、出す、寝る」の三つだ。 食事・排泄・睡眠のどれか一つでも支障・不調が出たら 職務怠慢、職務放棄と言っていい。

商業主義が蔓延るこの時代、 個人レベルでの食の安全確認は必須。

より多くを持つがゆえの豊かさ。 そして、求めないがゆえの豊かさ。 この世には二種類の豊かさがあるのだ。

昔の日本人は税や年貢をお米で納めていた。 当時のお米は、今で言うお金。 だから当時の人はお米はあまり食べなかったのでは? 納期になって足りなかったら、許されないだろうから。

広い平野部には、必ずと言っていいほど 大きな河川がある。 河川が平野を形成する。

日本は本来、穀物の国ではないと思う。 こんなに海の幸、山の幸が豊かな国はないだろう。 日本は島国で、しかも海と山が迫っている。 その代わりに平野部が少ない。 外国の場合、海にも山にも恵まれない国々がある。 そういう国は、穀物と畜産でどうにかする…

力を入れるときは、息を吸って動く。 力を抜くときは、息を吐いて止まる。

理想を持たない人は、 欲望に走らざるを得ない。

瞑想的になればなるほど、 自分という意識を持てなくなる。

社会全体が利益追求に走ると、 経済不況になるのは当たり前。 みんなが安さに走るようになったら、 そうなるのは明白。 馬鹿でもわかる。

大量生産するから、逆に売れなくなる。 希少価値、貴重さが減少するとアウト。 だから何事も少量がいい。

生きることには多大な金がかかる。 その上、健康さえも金がかかる。 人生から金と権力を追い出せたら、 どんなに幸せだろうか!

人生とはまさに、後ろから崖が迫って来るかの如くだ。 眼前のことをいちいち考えている余裕はない。

種はある。 誰しもが種を持っている。 しかしその多くが、開化の努力を為されない。

覚悟して、裸一貫で飛び込んでいく。 そんな覚悟があれば大丈夫。

生きることに集中させてもらえることは稀である。 ほとんどの人は、働くことで人生が終わる。 働くばかりで、生きることができない。

苦しみは関係の中から生まれる。 しかし、笑いや喜びも関係の中から生まれる。

社会は個人の苦労と欲望を食い物にして 成り立っている。

お金は便利だ。 大抵のことはお金で解決できる。 でもだからこそ、 それは人間から多くのクリエイティビティーを奪っている。 便利さが機会を奪っている。